泣いても笑っても

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2019-01-21 (Mon) 05:49

かまってちゃん

…なのか、自分は嫌。

おはようございます。

夕べは、三時間も寝られたので、
頭はくっきりしゃっきりしています。

父の昨日の行動には、自分が関係しているのかと…
ネットで調べていたら、よく似た話があり、
よくよく読んでみたら…それは、お子ちゃまの話。
親の気をひきたくて、わざと、悪戯したり、
いけないことをするのだとか…、これは、
子供だからまだいいですよ。

ひとせ年を重ねたじーさんが今更、娘に
構って欲しいなんて、冗談じゃない。
こっちが、何を言うものなら、さらに手が
付けられない態度になるのに。

話しかけても、返事はしない。
気に入らなければ、茶碗はひっくり返すし、
(中身入り)態度で示してくれるし…。

これを構えと?

自分を困らせることが、楽しいのか、
それで、鬱憤が晴れてるのでしょうねぇ。

介護をしながら、感情の起伏を見せないのは、
疲れるからなんです。
体力面でも、相当、しんどいのに、
怒ったって、腹を立てたりしても、
何も改善しないのに、感情を荒立てて、
気が削がれることが、一番ツライですし…。

まだ、たった十年しか、介護はしてませんが、
一番わかったと言うか、身に染みたことは、
感情の起伏がもっとも疲れることだと、
わかったからなんです。

小さいころから、
もの凄くパパンママン大好きで、介護も
心から喜んで尽くしてあげられる方は、
お互いにいいかと思うけれど…、
自分は、幼少のころから、ひとりで過ごして
いた事の方が多くて、
今更、¨構ってちゃん¨と言われても無理。

何か楽しい事を思いついて、やってみようかなと
思う都度、穏やかな水面に石を投げ入れられて、
「楽しませるか」という状態になるんです。

五年の間、ちまちまと頑張ったご褒美の虎の子、
自分の四十人の諭吉さんが、すべて入院費に代わり、
もう「楽しく貯金」自分ご褒美預金も一切しない。
だって、自分の為になった試しなしですから。

介護の為だけに、生かされている気がする今日この頃、
だから、介護が終わったら、とっとと
この世を離れたいとまで今は思ってたりします。
ここまで思うと、怖いものなしです。

あっ、でも、蘭丸は置いていけないので、
らんちーよりは、長生きさせてください。

悲観しているわけでも、暗い話ではなくて、
介護の現実と向き合っていると
こんなものです。

しかしながら、構って欲しいから…という理由だけで、
面倒を増やすなって感じ。
自分は、介護で絶対笑えないし、楽しくもないし、
献身的に尽くしたところで、感謝されるどころか、
傷に塩を塗られる方が遥かに多いってことです。
これは、あくまでも「自分の事」。

今日も何があるのやら…
さてと、手洗いで洗濯を始めましょ。

アン


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最終更新日 : 2020-04-18

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