泣いても笑っても

難病の父を介護しつつ、自治会の区長をやってます。

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2015-07-26 (Sun) 22:58

夏休みの宿題の嫌な思い出

子供達にとっては、楽しい夏休み。
それと共に、たくさん出るのが宿題…。

先に宿題を片付けて、後半遊ぶタイプ?
先に散々遊んで、8月20日過ぎから、
がーーっと宿題をするタイプ?

夏休みの宿題の話を見聞きすると、フト
未だに思い出すことがあります。
それは、小学6年生の夏休みの宿題。
図工、図画、読書感想文、絵日記、
ドリルに、自由研究にと…定番の宿題でした。

図工は、何を作っても自由だったので、
自分は、「パジャマ」を作ったのです。

母は、裁縫するわけでもないのに、
自分が物心ついたころには、なぜか足踏みミシン、
コンピューターミシンが側にあり、
母より、自分がよく使っていました。
だから、幼い頃から、ミシンとは仲良しでした。

それで、小6の夏休み中に、図工の課題で、
自分の「パジャマ」を製作して、それを提出したら、
女性教師が言った言葉は、

「お母さんに縫ってもらったんでしょ、
 うそをついてはダメよ。
 図工の点数は0点」

当時、懸命に縫ったのに幼心に激しく傷付きましたっけ。
このせいで、同級生にも「うそつき」と言われ、
虐めにもあったなぁ…。

すっごく悔しかった気が…
でも、自分が大人になって考えたら、
当時、大人が見て到底、子供が縫ったとは思えぬ程の
「いい出来」だったのでは?と
都合のいいように考えてしまいます。

だけど、この後、もっとどん底に突き落とす出来事が、
そう、二学期終わりの通信簿、図工と家庭科が1。
なんで、1だったのか、それは、「課題通り」に
作らなかったからだとか…。

図画では、アニメっぽい絵をかいて提出したら、
「だれが漫画を描いていいといいましたか?」と
クラスのみんなの前で破られましたっけ。

当時、こんな教師が担任だったんですよ。
今なら、問題になっていたでしょうね。

ずっと小さい頃から、ミシンが側にあり、自由に
使わせてくれたから、だから、テーラーを目指そうと
思ったのかもしれません。

夏休みの宿題には、苦い思いをいっぱいしました。
忘れてしまいたいのに、寝苦しい夜、悪夢を見ることがあります。

そう「宿題」を仕上げるのに必死になっている今の自分とか、
頑張ってやってもやっても終わらないとか…
朝起きたら、もう汗ビッショリ。

こんな夢を見たときは、朝からグッタリです。

アン


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最終更新日 : 2020-04-18

* by ルビー
小学生時代に、「夏休みの友」という全教科を網羅した冊子が配られました。1日1ページやるようになっていまして、たまに切り取って作る工作のページがありました。
1年生の時に、頭を振る、ベこの子みたいトラを作るページがあり、父が全部やってしまいました。隣で、やらせてと言っているのに、1人で仕上げてしまったのです。
新学期早々の参観日に、クラス全員のトラが教室の後ろに並べられました。私を除いた全員が金色か銀色の折り紙を張られていて、私だけ赤い(銅賞)シールでした。
先生は、親に恥をかかせた方が、クスリになると考えたのでしょう。でも、主役である子供の気持ち、作りたかったのに父親に勝手に作られてしまった私の気持ちを考えたくれたとは思えませんでした。
アンさんは自力で完成したのに、信じてももらえなかった、さぞや悔しかったでしょう。
同居するようになってから、父に何度か当時の不満をぶつけましたよ。理解できるうちに言いたいことを言ってしまおうと考えています。

* by アン
***************************************
ルビーさん
宿題ひとつ背景に何があったか…なんて、
そんな考慮はなく、勝手に「どうせこうだろう」と
決めつけもあったことかと思います。
お父様に当時のご不満をお話して、お父様は、当時の事を
いろいろと覚えていらっしゃったでしょうか。
うちの父の記憶には、娘が反抗的で言うことひとつも
聞かない我儘な事しか覚えていないらしく、今でも
もっとまともに育ってくれたならと言ってます。
父にとってのまともな娘と言うのは、ちゃんといい学校を出て、
普通に就職して、嫁に行って…というのがまともらしいのです。
まぁ、親にしてみればそうかもしれませんが。
親になって初めて親の気持ちがわかるといいますが、
自分は、この先も親になることもなく、子の立場からでしか
言いませんけれど、だけど、テーラーを目指し、何十倍もの
努力をしたことも認めない、結局、ものにならなくて
父親に「そら見たことか…」と、散々、言われました。
あっ、別に介護しているから、その夢を諦めた、
なれなかった…なんて、今は、これっぽっちも思ってません。
介護していても、自分は自分であって、それを生かすのも
自分ですから。
アン

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小学生時代に、「夏休みの友」という全教科を網羅した冊子が配られました。1日1ページやるようになっていまして、たまに切り取って作る工作のページがありました。
1年生の時に、頭を振る、ベこの子みたいトラを作るページがあり、父が全部やってしまいました。隣で、やらせてと言っているのに、1人で仕上げてしまったのです。
新学期早々の参観日に、クラス全員のトラが教室の後ろに並べられました。私を除いた全員が金色か銀色の折り紙を張られていて、私だけ赤い(銅賞)シールでした。
先生は、親に恥をかかせた方が、クスリになると考えたのでしょう。でも、主役である子供の気持ち、作りたかったのに父親に勝手に作られてしまった私の気持ちを考えたくれたとは思えませんでした。
アンさんは自力で完成したのに、信じてももらえなかった、さぞや悔しかったでしょう。
同居するようになってから、父に何度か当時の不満をぶつけましたよ。理解できるうちに言いたいことを言ってしまおうと考えています。
2015-07-30-12:10 ルビー [ 返信 * 編集 ]

***************************************
ルビーさん
宿題ひとつ背景に何があったか…なんて、
そんな考慮はなく、勝手に「どうせこうだろう」と
決めつけもあったことかと思います。
お父様に当時のご不満をお話して、お父様は、当時の事を
いろいろと覚えていらっしゃったでしょうか。
うちの父の記憶には、娘が反抗的で言うことひとつも
聞かない我儘な事しか覚えていないらしく、今でも
もっとまともに育ってくれたならと言ってます。
父にとってのまともな娘と言うのは、ちゃんといい学校を出て、
普通に就職して、嫁に行って…というのがまともらしいのです。
まぁ、親にしてみればそうかもしれませんが。
親になって初めて親の気持ちがわかるといいますが、
自分は、この先も親になることもなく、子の立場からでしか
言いませんけれど、だけど、テーラーを目指し、何十倍もの
努力をしたことも認めない、結局、ものにならなくて
父親に「そら見たことか…」と、散々、言われました。
あっ、別に介護しているから、その夢を諦めた、
なれなかった…なんて、今は、これっぽっちも思ってません。
介護していても、自分は自分であって、それを生かすのも
自分ですから。
アン
2015-07-31-09:29 アン [ 返信 * 編集 ]